「月の高野山」 嵐の十五夜の聖地にて

十五夜の満月に産声をあげた空海・弘法大師が開祖した高野山は、標高一千メートル近い山上盆地。開いた蓮の花のように周りを幾重もの山々に囲まれた聖地とされ、その中心には壇上伽藍(がらん)が位置し、曼荼羅の世界そのものである。日が暮れて高野山の街が静まった頃、翌日の「月の高野山」会場となる大伽藍広場に向け、蛇腹道(じゃばらみち)を歩いた。お大師様が竹ぼうきで蛇を払ったという伝承があるこの道は、幾重もの枝を重ねる紅葉がもう秋の気配を感じさせていた。根本大塔、御影堂、金堂などに囲まれた野外の大伽藍広場では、雲間に浮かんだ十四夜の月が美しく輝いていた。明日の十五夜、満月の月明りとかがり火のもとで行う月への奉納やピアノ演奏のためにあと一日、台風が留まり、晴れてくれればと願った。

翌8月30日、月の暦ではお盆にあたる十五夜。朝からの雨、台風の最接近が夜となるため、会場が大師教会大講堂に変更された。早朝、大阪から大型のフルコンサートピアノである、ベーゼンドルファーが運び込まれ、会場設営など準備が着々と進む。台風が近くなり窮地に立たされてはいるが、関係各位の見事な対応により、志気が高まって行くのが手に取るように感じられる。

「月の高野山」は高野山大本山寶壽院門主、松長有慶師による太陽と月の文化と密教の講話。月の会、志賀勝氏による「月と季節の暦」による自然と人と営みの深いつながりについての話から始まった。夕方になるにつれ、風雨が激しくなり、障子も雨戸も閉められ、夜の部に入った。静かに響く金剛流御詠歌「遍照尊」、全国各地から集った百余名による舞踊「光明・万燈万華和賛」、華道高野山による献花など、雲の上の月に捧げる諸行事が執り行われた。後半は真言密教の中心的な瞑想法「阿字観(あじかん)」の指導者、國司禎相(くにしていそう)師の見事な導入により、身体と呼吸に意識を向けることから始まり、場の空気が鎮りつつあるところに、ピアニスト、ウォン・ウィンツァン氏の静かな音色が奏でられ森羅万象の世界、宇宙へと誘われた。コンサートの頃には突風が吹くごとに強大な木造建築の大師教会がきしみ、音が鳴り響いた。不思議なことに参加者にはその緊張感と背中合わせに安堵感が共存し、天井から吊下がっている数百の灯篭がピアノの音色と共に美しく揺れる様を楽しみ、「雨降りお月」「月の砂漠」「荒城の月」「おぼろ月夜」をはじめ、ウォン氏のオリジナル「月に触れた」などに聴き入っていた。




台風にもかかわらず、全国各地からこの日のために高野山に足を運んだ千名以上の参加者、出演者。そして、主催である高野山真言宗金剛峰寺、<月>の会をはじめとするスタッフの努力と祈りと感謝が天上に届き、奇跡的に無事終えることができたように感じた。風、雨、月、音、そして人との共演は、すべての「いのち」が生かされている共存共生の姿そのもの。お大師様の「共利群生(きょうりぐんじょう)」の教えが、千年以上もこの地に暮らす人々によって根付き、受継がれ、高野山を大切にしている。そのことが認められ、この夏、世界遺産に登録されたのだと思った。
翌朝、奥の院では杉の大枝があちらこちらに落ち、大木が二本倒れていた。昨夜のうちに過ぎた台風、自然の力の大きさに震えた。帰り道、車窓から見事な十六夜(いざよい)の月を眺めていると、昨夜も雲の上から十五夜お月さまがあたたかく照らし、高野山の集いを眺められていたことに気がついた。              (中小路太志)


高野山金剛峰寺
http://www.koyasan.or.jp/

月と季節の暦 Moon & Sun Calendar
http://www1.0038.net/~tsukigoyomi/


芸術文化情報誌 アート浜松 ART'S 28号 連載コラム「月の高野山」より 
http://www.art-ix.co.jp/

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