ウォン・ウィンツァン
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If there were No Mines
英語詞ヴァージョン
日本語詞ヴァージョン
● メッセージ from ウォン -導入-

1998年11月、私はある詩に出会いました。
その詩はボスニアの片田舎に住む13歳の少女が地雷について書いたものでした。
その詩を読んだ時、冒頭に書かれたある言葉が私を引きつけて離さなくなりました。
その言葉とは「FREEDOM(自由)」。 その言葉に出会ったとき、それがまさしく私が求めていた言葉であり、 そしてこの詩を自分に引き受けることが、私のこれからの音楽家としての道を教えてくれるに違いないことを直感的に確信したのです。 私はその詩と、その詩にまつわる、あるいはつきまとう出来事や関わりを自分に引き寄せることを好しとしました。 好しとしたというよりも、そのような運命だったのでしょう。そして起こるべき事に身をゆだねていきました。 (本心をいうと、これから起こることの大変さを予感して、結構後込みしていたことを認めなくてはいけません)... メッセージのページへ続く  



What's New
「もしも地雷がなかったなら」のコンサート活動歴を掲載致しました。
「もしも地雷がなかったなら」の楽譜を掲載致しました。

関係者コメント
小林 原太郎 氏 (日本赤十字社) 〜対人地雷のおはなし〜
私に世界の地雷問題の現状や、義足によって犠牲者が 新しい人生を歩むことが出来ることなど、熱弁した赤十字の青年。 彼との出会いなくしてIF THERE WERE NO MINESは始まらなかった。
森 卓也 氏 (「IF THERE WERE NO MINES」エンジニア/プロデューサー)
「If there were no Mines〜もしも地雷がなかったら」によせて
Ikuko ・・・野口 郁子(「IF THERE WERE NO MINES」ボーカル)
<If There Were No Minesに寄せて>


Planet Of Love
この地雷犠牲者救援キャンペーンの想いを引き継いて、12組のアーチストの方々と葉祥明さんにより、美しい地球への純粋な願いをこめた素晴らしい CD <Planet of Love>ができました。


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