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「If there were no Mines〜もしも地雷がなかったら」によせて

「If there were no Mines」の話の前にウォンさんの事を少し話したいと思います。
ウォンさんと初めて出会ったのは、4年ほど前にアメージングブルーというCDのレコーディングでした。
ウォンさんのピアノに魅せられたファンの方はとても沢山いると思いますが、私もその一人です。 繊細で優しいそのピアノの演奏は今までに経験した事のない素晴らしいものでした。 ウォンさんの音は、今までにウォンさんが出会ってきた音楽、人生、そのものなのかもしれません。 そしてその無邪気な人柄も・・・
そんな事から以降ウォンさんのCDのレコーディング、ミックス、コンサートなどでお付き合いさせていただいています。
日常の中でつい忘れがちになるのですが、音楽を仕事にしていて「心から良かった」と思うことがあります。
レコーディングやコンサートでも、それは、音楽を通して与えられる感動と、 それこそ、その感動の渦の中でその音楽を創る作業に携われているという幸せと感謝の気持ちがそれを加速させ、 一気に押し寄せてきたりするのです。
ウォンさんと音楽を創るときには、そんな事を思う機会が多いのです。 「音楽てっほんとうにいいな」と・・・
「If there were no Mines〜もしも地雷がなかったら」もそんなレコーディングの中から生まれました。
レコーディングでは、ウォンさんとヴォーカルのIKUKOさんは、実は初めての出会いで、彼女もその場でウォンさんから譜面と歌詞を渡されたのでした。 しかし私を含め、その場にいたみんなには、なにも不安はありませんでした。 思っていた通りIKUKOさんは、とても素晴らしいかけがえのない歌を歌ってくれました。 それはレコーディングと言うより一つの出来事のようでした。 このプロジェクトに関わった様々な人の思いが後押ししたのかもしれません。 そしてついに「If there were no Mines」と言う曲が完成しました。
そして今この曲は歩き始めました。
人の心の尊さ、醜さ、ボランティアと言う言葉の意味、重さ、地球という惑星の事、 その惑星に住む子供達の事、自分の家族、友人、そして自分の事・・・地雷の問題に取り組んだこのCD制作の中で様々な事を考えさせられました。
「If there were no Mines〜もしも地雷がなかったら」 私も、これから暖かく見守り応援して行きたいと思っています。
エンジニア/プロデューサー 森 卓也


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